西宮の回生病院 この病院も「火垂るの墓」で登場しますね
2007年 04月 17日
海からの帰りに、よその母娘が病院の玄関前で再会しているのを目撃した場所です。戦争でも焼けずに残りました。昭和58年の改築の際、この玄関部のみが保存されました。

この西宮回生病院はは明治40年7月15日創立され、平成19年で100周年だとのこと。この病院を始めたのは、菊池常三郎氏、当時の陸軍軍医総監(天皇陛下の主治医)が現在の大阪回生病院を設立後に隠居生活の為に訪れた西宮のこの地で開設したのが病院の始まりだそうです。

清太や節子のお父さんは戦艦摩耶の艦長で軍人なわけで、そのあたり野坂昭如氏は考慮してこの回生病院を小説の中で登場させたのでしょうか。
なお、次の写真は、昭和59年の改築前の回生病院の姿です。もちろん、「火垂るの墓」で清太たちが回生病院を訪れた際もこの姿ということになります。

