ビル・ヴィオラ「はつゆめ」展 @兵庫県立美術館
2007年 02月 17日
先ず、今回の作品で面白いと思ったものを取り上げます。
「クロッシング」展示空間の中央に薄いスクリーンが設けられ、そのスクリーンの表裏両面にぞれぞれ画面の奥から歩いて近づいてくる男性の姿が映し出されるのですが、極めて平面的なスクリーンに、奥域を感じさせる映像が展開されるのであります。平面なスクリーンの回りを自由に鑑賞者が回って映像を見ることができる(つまり、スクリーンの裏側を覗くことができます)ことや、火や水の非実現的展開により、この独特で不思議な遠近感体験をますます不可思議なものとしてくれます。
これをリングの貞子がテレビの中の井戸から出てくるシーンで使ったらさぞかし怖いですね(笑)。
これが一番かな。今回の展示作品の中で。
「サレンダー/沈潜」
水面と鏡という伝統的アナロジーに基づいているのですが、水面を境に向かい合う男女という構造が、映像中の人物と画面を境に向かいあう鑑賞者という構造にも転化・拡大されているところが面白い。言ってることわかってくれます(笑)?
「キャサリンの部屋」同じ女性の同じ部屋による5つの異なった時空間が、映像により標本箱の様にコンパクトに横に並べられています。つまり、異なった時空間を一度に見ることができます。まさに、神様のように、慎ましく暮らす女性の姿を見ることができるのであります。
ところで、右の映像の一こまなんて、オランダのフェルメールの時代の画家たちの絵でこんなのありましたよね。
さて、私は、例えば、彼の「グリーティング / あいさつ」のように40秒間の3人の女性の挨拶の様子を、約10分という長さにスローに再生することにより、通常気がつかない、内面的な心のひだのようなものを見せてくれるような作品は個人的に苦手。せっかちで「いらち」な関西人だからでしょうか(笑)。「驚く者の五重奏」や「オブザーヴァンス / 見つめる」、「ラフト / 漂流」も基本的に同じ手法ですね。
また、展覧会のタイトルとなった「はつゆめ」も、淡々と日本文化が綴られる56分間。たいへん優れた映像なんですが、特にストーリー展開もない映像を見ることを強制される非日常的なこの時間、正直言って辛いものがありました。

