のだめはどうして、シューベルトのピアノ・ソナタを課題曲に選んだのか
2006年 12月 26日
彼女は、ベートーヴェンのピアノ・ソナタではなく、シューベルトののピアノ・ソナタを予選の曲に選んだのですが、その理由は、「つきあったことのない人とつきあってみよう」というワケのわからないものでした(笑)。それでも、この曲が以後ののだめのピアノ人生と深く関わっていきます。彼女が九州の彼女の故郷で、再びピアノを弾くことに向かわせ、彼女を救ったのは、疑いなくシューベルトのピアノ・ソナタでありました。
ところで、シューベルトのピアノソナタって、どのようの向い合えばいいのでしょう。なかなか難しいですよね。シューベルトのピアノソナタって色々な意味で厄介であります。ピアノソナタなんかよりも、「楽興の時」や「即興曲」といったピアノ小品は、長い歳月にわたって人々に愛好されてきたのに比べ、彼の残したピアノ・ソナタの大半は、世間からは冷ややかな扱いしか受けてきませんでした。もちろん、私からも(笑)。
モーツァルトがピアノ・ソナタを書いた目的は、はっきりしていて生活費を稼ぐためだったわけで、口当たりの良い(モーツァルトの凄いのはそれだけでなく深い内容を持っていることなんですが)ピアノ・ソナタを、音楽好きの貴族や、貴族の子弟の注文に応じてピアノ・ソナタを作曲したのであります。
ベートーヴェンの場合はどうかというと、もちろんお金を稼ぐためでもあったわけですが、それ以上に、彼の心の中に芸術家としての野心といったもの、あるいは人々の精神を挑発喚起する意図が作品に秘められていたように思います。ですから、作品ごとに、何を意図していたか、どのような野心を抱いていたかというのを辿ることが、彼の音楽を理解する上で大いに役立つと思うのであります。
それが、シューベルトとなると、難しいのであります。彼のピアノ・ソナタは、他人に聞かせるには長すぎて退屈されるだけだし、家庭内で演奏するには音楽的には難しすぎるし、ベートーヴェンのように人々を挑発喚起するような積極性も持ち合わせていません。もちろん、月九ドラマで取り上げられるには難しすぎるのであります(笑)。
どうして、シューベルトがピアノ・ソナタを書いたのかというと、お金のためでもなく、名誉のためでも、内に秘めた野心でもない。じゃあ、どうして、彼がピアノ・ソナタを書いたのか。
このことについては、村上春樹氏が「意味がなければスイングはない」で面白いこと書いてます。
「・・・あるときシューベルトの伝記を読んでみて・・・、シューベルトはピアノ・ソナタを書くとき、頭の中にどのような場所も設定していなかったのだ。彼は単純に『そういうものが書きたかったから』書いたのだ。お金のためでもないし、名誉のためでもない。頭に浮かんでくる楽想を、彼はそのまま楽譜に写していっただけのことなのだ・・・。彼は心に溜まっていくものを、ただ、自然に、個人的な柄杓で汲み出していただけなのだ」
私は、その箇所を読み返して、思わず唸ってしまいました。というのは、シューベルトって、こうしてみると「のだめ」的だと感じたからであります。いや、のだめが「シューベルト」的といったのが正確かも。のだめも、金や名誉に対して無頓着で、頭に浮かんでくる楽想をピアノにぶつけます。彼女のキーワードは何よりも「楽しむ」ということ。
いずれにしても、ここでのだめがシューベルトと出会いは運命的な出会いであって、シューベルトでないとダメだったのじゃなかと。ひょっとして、のだめ(=リアルのだめさん)は、彼女の天才的ともいえる感性で、ベートーヴェンではなく、シューベルトを課題曲として選んだのではないかと。
彼女は故郷で自然と口笛で湧き出てくるのはシューベルトのピアノ・ソナタ。そして、彼女は、シューベルトに救われるのであります。