武庫川髭の渡しコスモス畑
2006年 11月 04日
◆交通 阪急武庫之荘駅から市バスが便利
【駅の北側から「宮ノ北団地」行40番41番または南側から43番(やや遠回りになります)で「産業技術大学」または「髭茶屋」下車 西へ徒歩約350m】



名前の由来は、昔、旧西国街道に武庫川の渡し場があり、近くの茶屋の主人の顔にちなんで「髭の渡し」と呼ばれたそうです。
そんな歴史のある場所に、一時はゴミの不法投棄などで荒れ果ていたのを、地元の住民が中心になり市民グループのメンバーや多くのボランティアの努力で見事なコスモス畑に生まれ変わったそうです
*髭の渡しについて
この付近には、江戸時代には武庫川を越える渡し場がありました。街道沿いの西昆陽村に髭をはやした老人が営む茶屋があったことから「髭の渡し」と名づけられたといわれています。
この渡しでは東から西への川越えは「常松村(つねまつ)と西昆陽(にしこや)村」の2ヵ村が月番で受け持ち、西から東へ行くのは「段上村(だんじょう)・上大市村(かみおおいち)・下大市村」が月番で受け持っていました。例年10月中旬から翌年春の彼岸までは、板橋が架けられ、水量が増した時には人足の肩越えによる渡しが行われていましたが、後には船での渡しが行われれうようになりました。
参勤交代の大名や往来の旅人など数多くの人々に利用されてきたこの渡しは、明治の終わりに下流に甲武橋が架けられ、西国街道の新道(現国道171号線)ができるまで続きました。この場所は、西国街道 ”髭の渡し”と名付けられ江戸時代には武庫川を越える渡し場があり街道沿いの西昆陽村に髭をはやした老人が営む茶屋があっったことから”髭の渡し”と伝えられているそうです。

*髭の茶屋について
髭茶屋は西国街道の街道筋に店を開いていた茶屋の一つ。茶屋ではぞうりやわらじの他、酒・一膳飯・菓子などが売られていました。
髭茶屋の名の起りは天明8年(1788)に安兵衛さんと徳兵衛さんの2人が茶屋を経営しており、安兵衛さんは立派な髭を蓄え髭茶屋の安兵衛さんと呼ばれていたことからだとのことです。
長州藩のお国入りの道中に見聞録を書き加えた「行程期」によると、髭茶屋の説明に「茶屋の犬が旅人の往来のたびに、茶屋の菓子をほえてねだり、買い与えると泣き止まる」と微笑ましい一面も伝えられています。

