小曽根財閥について
2005年 09月 20日
そういうところから、神戸で小曽根といえば、すぐにジャズを連想するのですが、もともと、神戸で小曽根といえば、小曽根喜一郎、小曽根貞松氏といった「大財閥」でありました。小曽根実、真さんも、この財閥の血を引く名士であります。
先ず、小曽根喜一郎氏。喜一郎は明治末期の長者番付では小寺謙吉、九鬼隆輝に次ぐ三位に位置。この番付では三人が抜きん出ており、小曽根氏は四位の生島五郎兵衛と比べても納税額は約二倍。しかし、小寺、九鬼が土地所有をベースにしていたため産業資本の発展に伴い没落していったのに対して、小曽根は積極的に事業投資を行い神戸経済に大きな影響を与えることとなります。日本毛織、湊川改修会社の資本参加および経営、播磨造船所創立と社長就任、阪神電鉄の発起投資と一時社長就任・・・・と、神戸の発展に大きく寄与した人物。
なお、小曽根貞松氏も戦後、阪神電鉄の社長として活躍するとともに、神戸電機製作所、山陽皮革、伊丹製絨所、朝日海上火災、オリエンタルホテル、日本絹布などに手広くかかわるなど、地域経済に貢献したのでありました。