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たんぶーらんの戯言

京阪神の地域密着情報を中心に情報提供します


by てつわんこ
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敏馬(みぬめ)神社(1)敏馬の浦

もし、JRの灘駅や阪神の岩屋駅から兵庫県立美術館方面に行かれるのでしたら、敏馬神社という古いお社がありますので、一度立ち寄ってみられてはどうでしょうか。敏馬は、「みぬめ」と読むのですが、まあ、読める人はいないでしょうね。
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阪神岩屋駅の南へ300mのところに国道があるのですが、国道を渡らないで左折するとうっそうとした鎮守の森が見えてきます。眼前の国道とはまるで異なる別世界であります。

実は、万葉の世(8世紀頃)、この森が生い茂る高台は海に突きだした岬で東側は港に適した入り江であったそうです。当時、大和の人が九州韓国へ行く時大阪から船出し敏馬の泊で一泊、大和が遠望できる最後の港、逆に帰る時はなつかしい大和が見える最初の港であり、特別の感情をいだかせる土地であったことから、万葉集には大和以外の地ではまれに見るほど多くの歌が詠まれているそうです。

境内には柿本人麿の歌碑が残っています。

珠藻刈る 敏馬を過ぎて 夏草の 野島が崎に 舟近づきぬ(二五〇)

また大伴旅人も、次の歌を詠んでいます。

敏馬の崎を過[ヨ]ぎる日に作る歌
妹と来し敏馬の崎を帰るさに独し見れば涙ぐましも(四四九)
行くさには二人吾が見しこの崎を一人過ぐれば心悲しも(四五〇)

往きは、奥さんと一緒に敏馬の浦から大和の山々を眺めたのですが、帰りは、おそらく奥さんを亡くされたのでしょう、一人で見ることになってしまったという悲しい歌ですね。

奈良時代に入って航海の進歩とともに港は西の大輪田の泊へ移ったのですがその後は、白砂青松の美しい海岸は都の歌人達の賞でる所となり「みぬめ」と「見る眼」を掛詞にした浦が多く詠まれたようです。いまでは、このお社あたりしか、その面影はありません。 
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なお、この神社には、ユニークな伝承があります。
この神社の神様は女性なのですが、婚礼の列が社前を通るとその結婚は不縁に終わるとの伝えが残っています。どうしても通らねばならない場合には神社裏の道を通ったとのこと。 元々女神を祭る神社だから神が嫉妬するとのようです。これでは到底神前結婚式なんてできませんね(笑)。

なお、縁切りのまじないもあり、拝んでもらった砂を相手の食事に少量まぜて食べさせると直ちに効くという。まあ砂を食べさせられたら、別れる気にはなると思うのですが(笑)。
by tetsuwanco | 2005-07-16 07:10 | 未分類 | Comments(0)