広岡浅子が洗礼を受けた日本基督教団大阪教会
2015年 12月 25日

日本基督教団 大阪教会は、大阪市西区土佐堀に本拠を置くプロテスタント教会。ウィリアム・メレル・ヴォーリズ設計の赤煉瓦の教会堂で知られています。大阪教会の歴史は古く、明治7年川口居留地(西区本田梅本町)に創設された「梅本町公会」が始まりで、日本のプロテスタント教会 としては最古のひとつだとか。大正11年竣工のレンガ積み建築。外壁はレンガの積み方で繊細な模様が施され、円形のバラ窓とともに重厚感の中にも優しい表情を作り出しています。1995年の阪神・淡路大震災で半壊しましたが、半年間の復元・耐震補強工事により復興、翌年の文化財保護法改正・文化財登録制度発足と同時に国の登録有形文化財に登録されています。

NHK朝の連ドラ「朝がきた」の白岡あさのモデルである広岡浅子は、この教会にて、1911年(明治 44年)、同教会・宮川経輝牧師(大阪YMCAの初代会長)から洗礼を受けています。ただし、当時の建物は、現在のヴォーリズの設計によるものではなく、初代のものだったようですが。


なお、宮川経輝氏は、札幌バンド、横浜バンドと並んで日本の明治のプロテスタント派の3つの源流の1つである熊本バンドの主要メンバーの一人。大河ドラマ「八重の桜」でも、新設間もない同志社英学校に転校し、新島襄と対立しながらも、同志社の大きな位置を占めるようになっていく熊本バンドのメンバーの様子が描かれていました。1879年新島襄の薫陶を受けて、同志社の第一期卒業生になります。卒業演説は「女子教育論」で、同志社女学校の教頭を務めていますから、新島襄からの信頼も篤かったのでしょう。



NHK連ドラの「花子とアン」の村岡花子と広岡浅子との接点は、以前、ご紹介したところですが、直接的な接点はないかもしれないけれど、日本女子大学を創設する広岡浅子と新島襄や新島八重とは、意外なところで繋がっているのですね。

この教会や広岡浅子も参画した大同生命のビルもヴォーリズが設計したわけですが、ヴォーリズは、浅子の女婿・広岡恵三の妹にあたる一柳満喜子の旦那さんにあたります。
華族の子女である満喜子と外国人であるヴォーリズとの結婚に際しては、浅子がその後押しをしたとされているそうですよ。

設計 - ヴォーリズ建築事務所
竣工 - 大正11年(1922年)
施工 - 岡本工務店
構造 - 鉄骨・煉瓦・コンクリート混合造
所在地 - 〒550-0002 大阪府大阪市西区江戸堀1-23-17

