尾道・福山旅行(5)浄土寺 ~笠智衆と原節子の会話が聞こえてくるような~
2015年 11月 27日

「お父様。敬三さん、お見えになりましたよ」
「ああ。奇麗な夜明けだった。今日も暑うなるぞ」
お二人とも永久の旅に旅立たれてしまいましたが、心に沁みる会話ですね。

尾道市東久保町の浄土寺。山門から南を見下ろすと、石段がJR山陽本線をくぐって真っすぐ延び、その先に尾道水道が陽光に輝きます。

1953年8月、ここで小津安二郎が映画「東京物語」を撮影します。劇中に登場する瓦屋根の民家はビルになり、映画で登場する石灯籠の位置も変わってしまいました。もともと、境内にあった住吉神社も海岸沿いに移ってしまいました。


でも、境内に立つと、今でも、主演の笠智衆さんと先頃亡くなられた原節子の会話が聞こえてくるような気がします。
ところで、「東京物語」のロケ地となった尾道ですが、千光寺など、いかにも尾道といった観光スポットをロケスポットには選ばれておらず、そのあたり、尾道における日常的風景を求めた小津安二郎のこだわりを見せてくれます。
それにもかかわらず、浄土寺だけは観光スポットでありながら、ロケ地として登場しています。それも、とみの葬儀翌日、周吉(笠智衆)と紀子(原節子)が会話を交わす印象的で重要なシーン。実際、尾道水道を眺めることができる境内に入ると、その佇まいも含め、「ああ、やっぱり、浄土寺でないと駄目だったんだ」ということが実感できると思います。
<東京物語> 1953年公開で松竹製作、監督は小津安二郎。尾道に暮らす元市職員の平山周吉(笠智衆)夫妻は東京に、長男(山村聰)や長女(杉村春子)を訪ねるが、仕事で忙しく構ってもらえない。戦死した次男の妻・紀子(原節子)だけが優しく接してくれる。急速な都市化の中、伝統的な家族が緩やかに崩れていく様子を描いているとされる。
なお、浄土寺自体、大変な古刹で、尾道三山の一つ瑠璃山を背にした備後の名刹・浄土寺は聖徳太子によって創建(推古天皇の24年)された真言宗泉涌寺(京都、皇室の御菩提所)派大本山です。
瀬戸内有数の良港・尾道は、古くから交通・経済などの要地であり、浦人たちの信仰が集まっていた浄土寺は、公武両方から重要な拠点として外護されました。建武の中興の際は、後醍醐天皇から因島地頭職寄進の綸旨を賜り、一方足利尊氏公も参篭し祈祷をしました。以後、足利家の家紋・二つ引き両を寺の定紋としていますし、境内の南側には、「足利尊氏の墓」と称されている国指定重要文化財の宝篋印塔があります。非常に洗練された姿の塔で,各部分の彫成つりあいがよくとれた引き締まった堅実な姿をしています。
「東京物語」の冒頭で、浄土寺のカットが出てきますが、ちゃんとこの石塔映ってますね。

それでも、浄土寺の代表的な景観は、国宝の多宝塔でしょう。丹塗の美しい塔で、蟇股や木鼻などに巧妙な彫刻が施されている和様の鎌倉時代後期の貴重な建造物です。
