足利将軍家の菩提寺「等持院」の庭
2013年 07月 18日
尊氏の死後、その墓所となり、等持院と改めた。庭園は東西に分かれ、西の庭は芙容池と称し衣笠山を借景にした池泉回遊式であり北側に義政公好みの茶室清漣亭があります。
夢窓疎石作と伝えられますが、西側の庭はどう見たって様式的には江戸時代中頃の作だと思われます。

池をはさんだ対岸に茶室清漣亭があります。

庭の中程には尊氏の墓と伝えられる宝篋印塔があります。

庭園は本来は衣笠山を借景としていたが、立命館大学衣笠キャンパスの拡充により、校舎に眺めを遮られたため、現在では樹木を高く伸ばして校舎を隠しているとのこと。
書院から西庭を望むとこんな感じ。


茶室前からみた方丈です。

こちらは、心字池(しんじち)中心の東庭。むしろ、こちらのお庭の方が古い様式なので、夢窓疎石風といえるかもしれないですが、歴史的裏付けはないようです。


方丈の北側にある枯山水庭園。
