1995年の阪神淡路大震災当時、本山第二小学校の元気な6年生の女の子、はるかちゃんは、全壊した自宅の下敷きになってなくなられました
震災の年の夏、加藤はるかさんの自宅跡地に咲いたヒマワリ。それは、はるかちゃんが生前可愛がっていた隣のオウムに与えていたヒマワリの種が育ったものでした。
阪神淡路大震災で家屋の下敷きになってなくなった小学生のはるかちゃんのヒマワリが 今も夏になると咲き続いています。
こちらは、東灘区住吉川東岸おやま公園で咲いたはるかちゃんのひまわり。
その花を震災復興のシンボルとして、近所の人たちが「はるかのひまわり」と呼ぶようになり、さらに、そのヒマワリからとった種が復興の象徴として神戸から全国各地におくられ育てられています。
もちろん、今回の東日本大地震の被災地にも。
もう、東北でも花を咲かせたかな。
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