映画「十三人の刺客」の敵役のお殿様
2010年 09月 23日
公式サイトによるとストーリーは・・・
「江戸時代末期、明石藩江戸家老間宮図書が、筆頭老中土井利位邸の門前で訴状と共に自決。これがきっかけとなり、明石藩主松平斉韶の暴君ぶりが幕閣の知るところとなったのですが、将軍徳川家慶の弟である斉韶を幕閣は容易に処罰できず、しかも、翌年には、斉韶を老中に就任する予定となっていることから、老中土井は暴君斉韶の密かなる排除を決意し、利位の命を受けた旗本島田新左衛門は13人の暗殺部隊を編成し、参勤交代により帰国途上の斉韶一行を中山道落合宿で待ち構え、襲撃する。」という内容。
もちろん、「明石藩主松平斉韶暗殺」自体はフィクションですが、ある程度史実に基づいているようですね。暴君とされる松平斉韶も第7代明石藩藩主として実在の人物。ただし、映画のような暴君ではなく、むしろ「問題があったとされる」お殿様は、第8代藩主の松平斉宣であったようです。実際、斉宣は、11代将軍家斉の二十五男。記録によると、参勤交代で行列を横切った幼子を許さず、切捨御免で殺害してしまったことがあるほか、その暴君ぶりは目に余るものがあったそうな。また、将軍の子息であるが故に莫大な支出を要し、財政難にますます拍車がかかることとなったとのこと。史実とは異なりますが、幼児の父親である猟師が鉄砲で斉宣を射殺したという文献も残っているそうで、このあたり、小説や映画につながっているのでしょう。
実際、小説版「十三人の刺客」では、松平斉韶ではなく、松平斉宣が敵役になっているようですね。

明石藩の居城であった明石城は、現在、明石公園として整備されていますが、その明石公園の東、天文科学館のすぐ南にある長寿院は明石城藩主の菩提所となっており、歴代藩主のほか、その家族達のお墓があります。

松平斉宣は、20歳で亡くなっているのですが、歴々の殿様を差し置いて、墓域の中央には、斉宣のお墓が位置し、しかもそのお墓の真ん前には、第9代藩主松平慶憲が建てたとされる豪奢な御霊屋があります。これを見ても、斉宣が将軍の子息であったことからか歴代の藩主の中でも、特別な存在であったことがよくわかりますね。


それにしても、映画ではどうして、敵役が松平斉宣ではなく松平斉韶となってしまったのでしょう。

