神戸は日本サッカー発祥の地?

地元紙神戸新聞のニュースサイトを見ていて、「日本サッカー発祥・神戸PR、3クラブが公式戦」という次の記事を見つけました。

日本サッカー発祥・神戸PR、3クラブが公式戦 
 神戸に本拠地を置く国内トップリーグのサッカー、フットサルクラブが公式戦を行うイベント「サマーフットボールリーグフェスタ in KOBE」が28日、神戸市須磨区の神戸総合運動公園で開かれ、多くのサッカーファンでにぎわった。
 日本サッカー発祥の地・神戸をPRしようと、兵庫県サッカー協会が初めて企画した。デーゲームでは、女子サッカーのプレナスなでしこリーグ・INAC神戸レオネッサと、フットサルのウイダーFリーグ・デウソン神戸が勝利。会場周辺では、フットサル大会やリフティングの競技会などのイベントも催された。
 クライマックスは、ユニバー記念競技場であったJリーグのナイトゲーム「ヴィッセル神戸‐FC東京」。1万3千人余りの観客を集めた一戦はハーフタイムに花火が打ち上げられ、熱気が最高潮に達した。試合は0‐0で引き分けた。


意外に思ったのが「神戸は日本のサッカー発祥地」ということをあたかも前提として記事が書かれていること。

神戸は、横浜と並んで、幕末の神戸港開港以来、西洋文明の様々なものが早く入って来て、結構、日本発祥のモノって結構多いのですが、サッカーの日本発祥の地が神戸っていうのは全くの初耳。全く存じ上げませんでした。

本当に神戸が、日本サッカー発祥の地なんだろうかと疑問に思い、ネットで調べてみると・・・


1871年 記録に残るフットボールの試合開催の記載
神戸で発行されていた英字新聞『Hiogo Nwes』には、その2年前の1871年、「フットボールの試合が本日午後、居留地において開催される」との記事が見られるとのこと。

でも、一般的に、近代サッカーが伝来とされているのは、1873年のようです。

1873年 近代サッカー伝来
「最初にサッカーが日本に伝来したのは、1873年。イギリスの海軍軍人ダグラス少佐が東京築地の海軍兵学校で、生徒にサッカーを教えたのが、日本におけるサッカーのはじまりとのこと。」

ということは、東京築地を日本発祥の地とする情報が多かったのですが、

日本最古のサッカー対抗試合が開催されたのが、1888年。
「神戸に居留する外国人が中心となって組織したKRAC(神戸・レガッタ・アンド・アスレチッククラブ)が1888年(明治21年)にYCAC(横浜・クリケット・アンド・アスレチッククラブ)とサッカーで対戦、2-1で勝利した試合は日本最古のサッカー対抗試合として記録されている。

なお、日本人のみでサッカーチームが結成されたのは神戸の地のようですね。
1899年に神戸の御影師範学校に日本人だけの初のサッカーチームが誕生とのこと。

御影師範学校は、神戸市立御影工業高校があったところ。ちなみに、Jリーグがスタートした頃、ガンバ大阪でFWとして頑張っていた永島選手の母校が御影工業でしたね。

まあ、何をもって、「日本発祥の地」とするかの問題があって、神戸を日本サッカーの発祥の地」とするのはちょっと強引すぎる気もしないでもなく、横浜あたりからクレームが来そうな気もいたします(笑)。

それに、「日本書記」の記述まで遡ると、「法興寺」(現在の飛鳥寺)の樹の下で、中大兄皇子と中臣鎌子(鎌足)が行った「けまり」が歴史に表れるサッカーの記載だとか。

それを日本サッカーの発祥だとすると「サッカー」のルーツはイングランドではなく、日本だということになってしまいます(笑)。

近代サッカー限定ということで(笑)。

なお、日本における近代サッカー発祥の地の一つとされる神戸市の御影。現在、「神戸クラッセ」という複合商業施設になっているのですが、記念碑どころか、立て札一つ立てられていません。

まあ、「近代サッカー発祥の地神戸」という既成事実を作ってしまうためには、記念碑を可能な限り早く作ってしまってはどうでしょう(笑)。
by tetsuwanco | 2010-08-29 07:55 | たわごと

京阪神の地域密着情報を中心に情報提供します


by てつわんこ
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31