鎖瀾閣(さらんかく)について
2004年 12月 12日
実は、神戸市東灘区岡本に、自分でデザインして建てた家があったのですが、あの阪神淡路大震災で全壊してしまったのです。平成7(1995)年1月17日阪神大震災で全壊。目下復元運動展開中。
生粋の江戸っ子谷崎潤一郎は大正12年、関東大震災を逃れて関西に移住し、阪神間が気に入って21年間住んだのであります。彼は無類の引越し魔で、その間実に13回も転居を繰り返したが、13戸の家のうち、1戸を除いてすべて借家住まい。その唯一彼の持ち家だったのが「鎖瀾閣」と言われている家で、数々の谷崎のこだわりが垣間見れたものでありました。
良く考えてみれば、谷崎潤一郎も関東大震災、阪神大水害、神戸大空襲と大変な目に遭遇してこられたのですね。
現在、この「鎖瀾閣」の復元に向けての運動が進んでいるのですが、復元には約1億円かかるとのことであり、まだまだ道半ばといったところであります。
「鎖瀾閣」復元は、震災復興に向けてのモニュメンタルな事業だと思うので、景気も回復してきたことなので、地元企業なども、なんとか、一押ししてもらえないかなあと考えている次第であります。
なお、復元に向けての寄付の方法については、「鎖瀾閣」HPを参照してください。
● 「鎖瀾閣」HP