飛騨国分寺
2010年 05月 16日


残念ながら、創建当時の建物は残っていませんが、境内にある大きな銀杏の木の樹齢はなんと1250年以上。ということは、この銀杏は創建当時からのものだということ。これは凄いと思いませんか。

なお、この大銀杏は、たくさん垂下する気根(空気中に出る根)を乳房に見立て、「乳イチョウ」とも呼ばれているとのこと。 乳の出ない母親がここでお参りをするとにより乳がよく出るといわれているそうな。なお、そういうこともあってだと思うのですが、根元には優しいお顔のお地蔵様が祀られていました。

なお、境内に、幕末の頃活躍した飛騨の白川生まれのお相撲さんである白真弓肥太右衛門のお墓がありました。

このお相撲さんには面白い逸話が残っています。
安政元年二月アメリカのペリーが軍艦を率いて浦賀に来り開国を迫った時、白真弓関は、アメリカの贈答品の米俵を、背に四俵、胸に二俵、両手に一俵づつ、合せて八俵を持ち、アメリカの軍艦へ運んで、アメリカ人を驚かせた・・・
アメリカ人が白真弓の怪力に感心のあまりその訳を尋ねると、笑って「日本人はおいしい米の御飯を食べ、米からとったおいしい酒を飲むからだ」と答えたそうな。そういえば、白真弓という飛騨古川のの銘酒がありましたね。

