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生誕100年、作曲家貴志康一が生まれた旧西尾家住宅に行ってきました

生誕100年、作曲家貴志康一が生まれた旧西尾家住宅に行ってきました_b0063958_2053368.jpg◆今年生誕100年を迎えた音楽家貴志康一が生まれたのは、大阪市都島の貴志邸においてであると、ずっと思っていたのですが、実はそうではないようですね。

どういう訳か、都島区役所が発行した製作した資料「貴志康一の生涯」にも、甲南学園貴志康一記念室発行の「貴志康一 1909-1937」にも、どこで生まれたのかの記載がありません。

◆彼が育ったのは、確かに大阪都島の貴志邸。藤田男爵邸の隣の一等地というのが凄い(笑)。

でも、彼が生まれたのは、お母さん「カメ」の実家、西尾家。西尾家は吹田市の豪農なのですが、ただ、田んぼが広いだけの豪農ではありません。代々天皇家に献上米を納めてきた由緒ある旧家。

◆ネットで、その西尾家は現在、吹田文化創造交流館として一般公開されていることが判明。いったいどんな環境で康一が生まれたのか知っておきたいということで、早速、本日、足を運んでまいりました。

◆先日の甲南学院が主催した貴志康一に関するレクチャーでは、「彼の祖父である喜志彌右衛門の財力(大阪心斎橋筋でメリヤス売買で繁盛させたとのこと)と父奈良二郎(東京帝国大学哲学科で美学を専攻。市立甲南高等女学校創設に貢献し、名誉教授を勤める。商人であるとともに学者でもあった。)の知力が、康一を天才音楽家に導いた。」という発言がありました。

確かにそうかもしれませんが、お母さんのカメさんの影響も侮れないように思います。実際、お母さんは、琴、ヴァイオリンを習っていたとのことですし、明るい性格の康一は、厳格な父よりもお母さんの性格を受け継いだようですね。

◆さて、先ず、旧西尾家住宅に足を運んだ感想ですが・・・

いや~、広い。それに凄い。こんな立派なものが、吹田市(失礼)にあったのかと。それも、現在、文化財の指定を受けておりません。個人的には充分、重要文化財クラスの値打ちがあると思いますが。

◆それと、外から見ると純和風の建築物なのですが、離れの内部をはじめとして、洋風の要素をアレンジしていて、新しいもの好きの西尾家の気風が反映しているような気がいたしました。

このあたりの気風がモダンボーイ康一の性格にも表われているようにも思えます。

◇西尾家模型

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◇表門 明治36(1903)年築

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西尾家に伝わる文書には「門 長屋付」とあるそうで、当初は長屋門だったものを後に長屋部分を撤去して離れを建て継ないだため、現在の形なったと考えられています。一般的に長屋門は街路に接し建てられるそうですが、この門は街路から8mも控えて建てられていて、これは大阪府下でもほとんど例を見ないそうです。

◇主屋 明治28(1895)年築

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東西に棟をとり、表門に向かって式台玄関を開く玄関棟と、これに平行させて二階造の母屋棟が建ち、鞘の間(さやのま)と呼ぶ渡り廊下でつながれています。さらに母屋棟と玄関棟の東側土間部分に、棟を直交させた計り部屋棟を連結するという構造をとっています。

◇玄関棟:玄関の間

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玄関棟は極めて格式高く造られた建物で、特別の日や賓客を迎えるときに使われたとのこと。奥の部屋は茶室「味々庵」。

◇母屋棟:客座敷 広縁

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なかなかお洒落な西洋風のランプも設置されています。

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元々は四尺の板縁あったが、大正14(0000)年に離れを増築した際に、このような一間の畳縁に変更され、ガラス戸が備えられたとのこと。ガラスは全てカットガラスが使用され、関西における建築界の重鎮武田五一の指導によるそうな。

◇母屋棟:大座敷

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(↑母屋棟の釘隠しの意匠)

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(↑これは、なんだと思われます。実は時計。時間が来るたびに鐘を鳴らすようになっています。壊れてますけどね。)

母屋の南側には客座敷が三つ並ぶ。これは一番大きな座敷で、床、棚、書院を設け、次の間との境の欄間には菊の盛り上げ彩色を施し、格調を漂わせています。

◇貴志康一が生まれた部屋
大座敷の北側にあって、さすがにやや暗い部屋でした。

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◇調理場

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元は土間敷きで「かまど」が設けられていたそうですが、天井に近い壁の煤け方が極めて少ないことや、大きな刃型開閉器を備えた配電盤に合わせて床板が貼られていることから、いつの頃か「かまど」を屋外に出し、今の姿に改造されたとみられています。


◇電話室

戸口には「電話壱番」の札がかかり、吹田で最初に電話を敷設したのが当家との事。現在の電話番号も0001番。
ちなみに二番目が吹田駅前の「アサヒビール」で、Ⅲ番目が吹田市役所だそうです。

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◇離れ 大正14(1925)年築

離れは第11代当主の隠居所として計画されたと伝えられています。設計は関西建築界の重鎮・武田五一によるもの。

建物は東西の位置に二棟を平行させ、渡り廊下で結ばれている。手前が洋風(接客)棟で、奥の建物が和風(居室)棟となっています。

◇洋風棟:応接室

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この応接室には西側の出窓の上部とサンルームを隔てる東側の窓上の欄間に素晴らしいステンドグラスが用いられています。これも武田五一のデザインとの事。花と鳥をあしらったアール・ヌーヴォー風の質の高い意匠ですね。

◇洋風棟:ビリヤード室

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この部屋の天井は格間の広い格天井(ごうてんじょう)とし、白漆喰壁に腰板を張るだけの簡素な洋風の空間としています。

◇和風棟:座敷

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円形の下地窓や玄関の腰掛などが特徴の和風棟。因みに、手前の将棋盤は坂田三吉が出張指南の際に用いたものだとか。

離れの渡り廊下の船底天井

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離れの洋風棟と和風棟をつなぐ渡り廊下には、竹と桜の皮付き丸太の垂木を並べた船底天井が用いられています。

◇庭園

庭園の面積は約300坪、敷地の北西隅、主屋の南西を占め、南は離れを画する塀によって仕切られています。

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◇茶室 明治26(1893)年築

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庭園の北側に在る茶室は、茶道薮内流家元(京都市)の茶席燕庵と、同じく雲脚席の写しを組み合わせたもので、当主の号に因み積翠庵と名づけられています。

なお、この大住宅ですが、14代当主が亡くなり、この住宅も相続税として国に物納されてしまい、近畿財務局は一時は取り壊して土地を競売にかけようとしたところ、吹田市民の間で保存運動が起こり、一般公開に至ったこと。危ない、危ない(笑)。

所在地:〒564-0032 大阪府吹田市内本町2-15-11  TEL 06-6381-0001 
最寄駅:JR吹田駅徒歩10分 / 阪急吹田駅徒歩10分
開館時間:午前9時~午後5時   休館日:12月29日~1月3日
入館無料 ボランティアが館内を懇切丁寧に案内してくれます。
by tetsuwanco | 2009-01-25 20:41 | 建築グッドデザイン

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by てつわんこ
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