カテゴリ:ちょっと遠出
  • ~特別展示だけ見て帰るのはもったいない~ 京都国立博物館の野外展示
    [ 2012-05-26 21:29 ]
  • 藤ノ木古墳石室の特別公開
    [ 2012-05-22 21:16 ]
  • 法隆寺の松並木
    [ 2012-05-22 20:29 ]
  • 夢殿の甍
    [ 2012-05-21 21:53 ]
  • 中宮寺の福(フク)
    [ 2012-05-20 09:32 ]
  • 法隆寺の老楠
    [ 2012-05-20 08:24 ]
  • 最古最大の三重塔 法起寺 @奈良・斑鳩
    [ 2012-05-20 07:07 ]
  • ~抹茶をいただきながらお庭を一望~ 「慈光院」@大和郡山市
    [ 2012-05-19 06:50 ]
  • 奈良市内最古の神社「率川神社」@奈良
    [ 2012-05-15 21:42 ]
  • 漢国神社 @奈良
    [ 2012-05-14 20:28 ]
~特別展示だけ見て帰るのはもったいない~ 京都国立博物館の野外展示
現在、平常展示館は現在工事中で、京都国立博物館が誇るお宝中のお宝を拝めないのが至極残念なのですが(2013年に再オープン)、博物館の庭園内には、平安時代の石仏や鎌倉時代の石塔から、ロダンの「考える人」など様々なものが野外展示されていいます。

本館の特別展示だけで帰ってしまうのはもったいないですよ。


ご存知「考える人」。



実はこの「考える人」、以前は酸性雨の影響で像の表面が腐食し、無残な姿を晒していましたが、表面の腐食を洗い流し、本来の姿を取り戻しました。

◆石造阿弥陀三尊像(せきぞうあみださんぞんぞう)
平安時代後期 12世紀
京都市伏見区竹田町付近出土
安楽寿院蔵



阿弥陀如来を中心に、観音菩薩と勢至(せいし)菩薩があらわされています。平安時代後期には、死後に阿弥陀の世界へ行くことをひたすら願う浄土教(じょうどきょう)が流行し、このような阿弥陀三尊が多数つくられましたが、石像は珍しいものだとか。凝灰岩でできており、昔はこの石仏のお体を削って水で練り、子供の顔に塗るとくさが直るという信仰があったため傷んでいそうです。



◆五条大橋 橋脚 桁(ごじょうおおはし きょうきゃく けた)
桃山時代 京都国立博物館蔵
刻銘「津国御影天正十七年五月吉日」



天正十七年(1589)、豊臣秀吉が鴨川に架けた大橋の橋脚です。表面に刻されている「津国御影(つのくにみかげ)」の四文字から、摂津の御影(現、神戸市)からはるばる運ばれてきたことがわかります。



◆橋石材(はしせきざい)

桃山時代 国立博物館蔵
・五条大橋 石柱
・三条大橋 石柱
刻銘「天正十七年津国御影七月吉日」




◆石造大日如来像(せきぞうだいにちにょらいぞう)

平安時代後期 12世紀
行願寺(革堂)伝来



両手をおなかの前で重ねる大日如来。おだやかな彫り具合から、平安時代後期の作と判断されるとのこと。もとは、革堂(こうどう・かわどう)として知られる行願寺(京都市中京区)にあったものといわれています。

これ以外にも、不動明王様とか古墳の石棺、灯籠とか興味深いものが点在しているので、見て歩きを楽しむのも面白いですよ。
by tetsuwanco | 2012-05-26 21:29 | ちょっと遠出 | Trackback | Comments(0)
藤ノ木古墳石室の特別公開
金銅製馬具や多彩な副葬品が見つかったことで知られる斑鳩町の藤ノ木古墳(6世紀後半、国史跡)石室の特別公開にゴールデンウィークの最終日である5月6日に、出かけて参りました。



何しろ、普段は入れない石室を一目見ようという大勢の考古学ファンで一杯。



同古墳は直径約50メートルの古墳時代後期の円墳。内部は横穴式石室があり、朱塗りの刳抜(くりぬき)式家形石棺が置かれています。

未盗掘の石棺内から精巧な副葬品が数多く出土したことでも有名で、平成20年に周辺整備が完了して以来、町が春と秋に石室内部を公開しています。

藤ノ木古墳は、法隆寺に残る記録には、「ミササキ」「ミササキ山」と記されており、 崇峻天皇陵と記すものもあります。その後、発掘調査が進むに従い、斑鳩地方に勢力を持ったと思われる物部氏、蘇我氏、平群氏等の諸説が提示されていますが、定説化したものはありません。

こちらは、斑鳩文化財センターで展示されている再現石棺と石室。





古墳時代後期、6世紀第4四半期の円墳であると推定されていますので、創建が607年とされる法隆寺と歴史的に近い訳で、ひょっとしたら、聖徳太子は、この古墳に埋葬された人物が誰であったのか、知っていたかもしれませんね。


石棺は二上山白色凝灰岩を使った刳抜式。

石棺の全面には朱が塗布されていました。石室内には石棺北側から馬具などが発見され、又、埋葬後、攪乱を受けていない東枕にした2体の被葬者が確認され、そのそばには、鏡や刀など豪華な副葬品が確認されました。東アジアでもまれにみる優れた意匠や彫金技術を施したもので、金具などにパルメット文など共通の文様を用い、鞍金具には竜・鳳凰・象・などの禽獣文や鬼神像などを透かし彫りし、東アジアの様々な文様が集合したも ので、仏教的要素・四神思想などの呪術的な世界の影響をみることができます。

  
出土した金銅装鞍金具などの馬具類、金銅製の冠や沓(くつ)、銀製塗金空(うつろ)丸玉やガラス小玉などの玉類などおびただしい量の副葬品は、現在 橿原考古学研究所附属博物館で常設展示されています。
        
なお、これら出土した副葬品の複製品(レプリカ)はすぐ近くの「斑鳩文化財センター」で常設展示されています。







勿論撮影不可でしたが、この様な石棺がみつかったということです。斑鳩文化財センターに展示されているレプリカ石棺です。



by tetsuwanco | 2012-05-22 21:16 | ちょっと遠出 | Trackback | Comments(0)
法隆寺の松並木
法隆寺門前にのびる真っ直ぐな松並木の参道。



約300mの参道は、1261年に後嵯峨上皇が行幸された時に整備されたといわれています。



法隆寺に参拝される際は静かな松並木の参道を是非歩いてみてください。あたかも、1400年前への歴史へと誘うタイムトンネルのようです。

by tetsuwanco | 2012-05-22 20:29 | ちょっと遠出 | Trackback | Comments(0)
夢殿の甍
聖徳太子を供養するための殿堂である法隆寺、夢殿。



太子がここで瞑想していると、夢に仏様が現れ教義を諭したという説話から夢殿の名が付いたとされています。



「夢殿」の甍の宝珠の鮮やかさに自ずと厳かな気持ちになります。

by tetsuwanco | 2012-05-21 21:53 | ちょっと遠出 | Trackback | Comments(0)
中宮寺の福(フク)
法隆寺に隣接する中宮寺というと、何と言っても美仏として名高い国宝木造菩薩半跏像や天寿国繍帳で名高い聖徳太子ゆかりの寺院ですが・・・。

どうやら、こちらのお寺の方、猫好きなのでしょう。福(フク)という名前の猫の置物が売店に置かれていました。



売り物ではありません(笑)。
by tetsuwanco | 2012-05-20 09:32 | ちょっと遠出 | Trackback | Comments(0)
法隆寺の老楠
言わずと知れた世界最古の木造建築「法隆寺」。



その境内、休憩所の傍らに立つ楠の古木。



かなり、樹の内部の空洞化が進み、支え木の支えられてはいますが、樹から表出されるエネルギーは凄まじいものがあります。



樹齢はどのぐらいになるのかわかりませんが、少なくとも、1000年以上はこの地に立っているのでしょう。





by tetsuwanco | 2012-05-20 08:24 | ちょっと遠出 | Trackback | Comments(0)
最古最大の三重塔 法起寺 @奈良・斑鳩
法隆寺の東北およそ1.5km、法隆寺と同じく斑鳩(いかるが)町にある法起寺は、飛鳥時代に建立された現存する日本最古の三重塔があり、国宝に指定されているとともに、世界遺産にも指定されています。



606年に聖徳太子が法華経を講説されたという岡本宮を太子の遺言により、その子山背大兄皇子が寺に改めたものと伝えられており、太子が建立した七ヶ寺の一つに数えられています。

三重塔は、706年に完成したとされ、高さ24mの塔は三重塔としては最大で、飛鳥時代の建築様式を伝えているとか。



法隆寺,法輪寺の塔とともに斑鳩三塔と呼ばれています。



秋になると周辺のコスモスが彩りを添えるのですが、訪れた際には、境内のサツキが目を楽しませてくれました。








(撮影:5月6日)
by tetsuwanco | 2012-05-20 07:07 | ちょっと遠出 | Trackback | Comments(0)
~抹茶をいただきながらお庭を一望~ 「慈光院」@大和郡山市
奈良県大和郡山市にある、茶の湯と見事な庭園で有名な慈光院へ行ってきました。

慈光院は、1663年に茶道石州流の開祖、片桐石州が、父の菩提寺として建立したお寺です。

寺としてよりも境内全体が一つの茶席として造られており、表の門や建物までの道・座敷や庭園、そして露地を通って小間の席という、茶の湯で人を招く場合に必要な場所ひと揃え全部が、一人の演出そのまま300年を越えて眼にすることができるということで、現在も全国的に見ても貴重な場所となっています(「慈光院」ホームページより引用)。

奈良には珍しい禅宗様式のお庭が見られるお寺ですが、意外と法隆寺から近いものの、観光客も少なく、お抹茶をいただきながら、広々としたお座敷から静かなお庭を独り占めできます。

「茶道石州流発祥之寺」の石碑も門の傍らに設けられています。



それほど長くありませんが、参道もなかなか趣がありますね。



片桐石州の出生地の摂津茨木城から移築されたという「茨木門」です。



そして、「書院」です。茨木門から「書院(重文)」を眺めたところです。



どちらも茅葺の屋根となっており、落ち着いた風情。茶人片桐石州の高い美意識が感じられます。

拝観受付を済ませて、「書院」のお座敷へ進むと、目の前には広々としたお庭が広がります!奈良県内で、縁側に座ってボンヤリとお庭を眺める・・・というスタイルが楽しめる数少ないお寺です。



拝観料金(@1,000円)には、お抹茶代も含まれていますので、お抹茶をいただきながらのんびりできます。1,000円は高いとおもわれるかもしれませんが、絶対それだけの価値があります。

慈光院の庭はきれいに刈り込まれたツツジの植栽が中心となります。実は、ここのお庭は借景庭園になっているのですが、京都の借景庭園と同様、周辺の開発に伴い景観がスポイルされてしまっているのは致し方ないところなのでしょうか。お寺としては周辺に植栽を行いなんとか景観を保持するように努めておられるようですが。



この時期はツツジの開花前で、花は咲いていませんでしたが、また花の季節に拝見できたらもっと華やかな風情だったかもしれません。

ちなみに、こちらの庭園は、竹林院群芳園(吉野)、当麻寺中之坊の香藕園(こうぐうえん)とともに大和三庭園の一つに数えられているとのこと。竹林院群芳園が細川元首相のご先祖様である細川幽斎によるものですが、こちらの慈光院と当麻寺中之坊のお庭の2つは、どちらも片桐石州によるものです。

竹林院群芳園当麻寺中之坊香藕園(こうぐうえん)」もご覧ください。

同じ石州の作庭である中之坊香藕園とは趣が異なっているところが面白いところですね。


書院のお座敷の様子。他の参拝客の姿もなく、こんな素晴しいお庭を独占。



お茶菓子です。片桐家の家紋をかたどっています。



書院の一角にはこんな「高林庵茶室」というお茶室が設けられています。



重要文化財の3つの「手水鉢」にも注目。これは「角ばらずの手水鉢」というもの。四角い手水鉢の角が落としてあり、モダンさを感じることができます。



書院からお庭にも下りて散策することもできます。お庭側から眺める書院も、趣があっていいですね。







書院と本堂の間には中庭があります。お庭もそうですが、本堂の脇のちょっとしたスペースまで、隅々が美しいんですね。もちろん、二つあるお茶室(ともに重要文化財)も趣がありますし、じっくりと見ていても全く見飽きることがありません。







by tetsuwanco | 2012-05-19 06:50 | ちょっと遠出 | Trackback | Comments(0)
奈良市内最古の神社「率川神社」@奈良
私は見たことありませんが、「ゆりまつり」こと「三枝祭(さいくさのまつり)」が催されることで名高い「率川神社(いさがわじんじゃ)」。



701年に制定された「大宝律令」にも記されている歴史あるお祭りで、三輪山の笹百合の花で白酒・黒酒の酒樽を飾り、巫女たちによる神楽が奉納されます。

ところで、この神社は、桜井市の大和国一之宮「大神神社」の摂社として、創建された奈良市内で最も古い神社だそうです。

ただ、現存の建物はそう古くはないようです。



姫神である「姫蹈鞴五十鈴姫命(ヒメタタライスズヒメ)」を主祭神とすることから、古くから女性の神として信仰を集めてきたのですが、姫蹈鞴五十鈴姫命を中央に、その脇に父母の神「玉櫛姫命(御母神)」「狹井大神(御父神)」を祀っていることから、「子守明神」とも呼ばれ、安産・育児などの神としても知られています。



境内には「蛙石(別名:撫で蛙)」なるものもあります。カエルは多産のため、繁殖力、再生、裕福のシンボルとされ、参拝者はこの蛙石を撫でてご利益を願うのだとのこと。

by tetsuwanco | 2012-05-15 21:42 | ちょっと遠出 | Trackback | Comments(0)
漢国神社 @奈良
饅頭の祖神林浄因(りんじょういん)を祀る「林神社」があることで知られる漢国神社。



かんごうじんじゃとよみます。



近鉄奈良駅のすぐ近くにあります。





推古天皇の元年(593)、勅命により大神君白堤(おおみわのきみしらつつみ)が大物主命を、その後、養老元年(717)には藤原不比等が大己貴命と小彦名命(すくなひこなのみこと)を合祀。



その境内の一角に林神社(りんじんじゃ)と読ばれる小さな社殿があります。



南北朝時代に中国の杭州から渡来した林浄因(リンジョンイン)という人を祀っています。日本で最初にあんこの入った饅頭を作った人で、この神社すぐ近くに住んでいました。



元々は中国の饅頭(まんとう)をヒントに作られものだったようです。中国の饅頭とは肉や背脂の入ったいわゆる肉まんですが、それだと不殺生戒を戒律としている仏様のお供え物に使えないという事で考え出されたのが、小豆を煮詰めて味付けしたあんを小麦粉を練った皮に包んで蒸したものだったようです。



後村上天皇に献上すると饅頭をいたくお気に入り、林浄因は宮女を賜ったとされています。その結婚式に紅白の饅頭を各所に配り、子孫繁栄を願いその一組を埋めたとされるのがこの「饅頭塚」とされています。





めでたい時には紅白の饅頭を配る風習はこんなところから来ているようです。
by tetsuwanco | 2012-05-14 20:28 | ちょっと遠出 | Trackback | Comments(0)