明智光秀の首塚

b0063958_22411446.jpg

三条通白川下るにある明智光秀の首塚です。

b0063958_22420799.jpg
b0063958_22435744.jpg

祠には、季節柄、明智家の紋である桔梗がそなえられています。

b0063958_22431533.jpg

明智光秀は、天正10年(158262日、織田信長を本能寺に襲撃した本能寺の変で有名ですが、その後、613日、山崎合戦で秀吉軍に破れ、近臣とともに長岡京市の勝竜寺城を脱けだし、深草大亀谷から山科を通って坂本に向かう途中、小栗栖付近で土民の竹槍の前に深手を負い、近臣の溝尾勝兵衛に介錯を頼み自刃したとされています。

1771(明和8)年に光秀の子孫と名のる明田利右衛門が、栗田口黒谷の五人組連中からもらい受けて、石塔を自宅(現在地の東)へ移して菩提を弔い、更に、明治維新後、現在地に移されたとのこと。

因みに光秀の胴体は小栗栖小坂町の明智藪に埋められているということで現在は石碑が立っています。

なお、首塚にほど近い和菓子屋「餅寅」さんでは、明智光秀にちなんだ「光秀饅頭」をつくっておられます。

b0063958_22454855.jpg

「餅寅」さんは代々「明智の塚」を守ってこられたそうです。

つぶあん入りの「黒糖」、京風白みそあん入りの「抹茶」の2種類あります。いずれも1150円。

お饅頭には、桔梗の紋が押されています。

b0063958_22445757.jpg


by tetsuwanco | 2017-07-19 22:50 | ちょっと遠出 | Comments(0)

京阪神の地域密着情報を中心に情報提供します


by てつわんこ
カレンダー