大正12年の9月1日に執筆中の箱根で関東大震災に遭遇した谷崎潤一郎は、関西へ単身避難するのですが、小学校時代からの親友であった伊藤甲子之助が住む芦屋を訪れ、阪神間の風土に魅せられる契機となります。
約20年間関西で暮らした谷崎直筆の原稿や書簡・愛用品、約700点を収蔵しているのが
谷崎潤一郎記念館。

ところで、この記念館には、彼の関西での最期の住居・京都潺湲亭(せんかんてい)の庭を模した庭園があります。

京都の下賀茂神社傍の潺湲亭は、現在「石村亭(せきそんてい)」と名を改め、京都の重電機器メーカー日新電機の迎賓館として使われ現在非公開となっている由、この記念館の庭園はその意味貴重かもしれません。

なお、この谷崎潤一郎記念館には、谷崎が「潺湲亭(せんかんてい)」でめでていた八重紅梅が植樹されているのですが、残念ながら、2月18日の時点で、未だ蕾固いという状態でした。元々、潺湲亭の書斎の前に植えられていたそうです。